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話せなくなった話

ブログを書いているうちに


自分が日常生活の中でどのように
話せばいいのかわからなく

なってしまいました。




笑い事ではありませんね。



ブログのさいではないにしろ、、


なんだかなぁ

と思う今日この頃





自己啓発のランキングに参加してるけど、

こうだからしあわせになれるんだ!

みたいなブログはすごく書きたくないのです。


このように自分のネガティヴな感じをさらけ出している私だからこそ

ネガティヴな感情に気づくからこそ

ネガティヴな世の中にフォーカスできるからこそ、

書ける文章があると思うのです、。。



でも自分が自分が、って思うのと、ネガティヴ感発してるのはなんだかなーとも思うのです。




あと人の話をよく聞きたい
素直に聞きたい
それに思ったことが言える人間になりたい

なりたい像はいっぱいあるのです。



関係ないけど、
『夢を叶えるゾウ』
読み始めました笑




でもやっぱり
あなたらしい1日を。

わたしらしい1日を。


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一人での最期

結婚していなく
両親に先立たれて
兄弟もいない、人たち


そのような人の話を立て続けに見たのと聞きました。



一人は

見たおじさん。

すごく寂しいと言っていて、

結婚すればよかったという人がいなくもなかったが、

そのときはそういう気分じゃなかったし、
結婚しなかったそうだ。


親には
大切なのは友と金

と言われていたそう



もう一人は

競馬とお酒がすきなおじさん。

結婚もせず、両親もいないから

はやく死にたいと言っていた。

尊厳死協会に登録しています。




そういう人たちが世の中にはたくさんいるのだろうなと思います。


元気なうちはいいけれど、

自分の体を自分で動かせなくなったとき
人の力を借りることになると思います。


自分の体を自分で養える状態の時を
健康
と言います

その年齢を健康寿命といい、
政府は健康寿命をのばそう、と推進しています。

単純に生きている年齢の平均を平均寿命といい
平均寿命と健康寿命の差を縮めることにより

医療費を抑えることになります。




医療が進歩して

動けないけど、生きている、という人が増えて

医療費は増える


それに周りに知り合いがいない


どうすればいいんでしょうね。

これも多様化した、社会のせいでしょうか


それとも自分自身のせいですか


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何かを考えるということ

今考えている思考がすべて自分に起因していると思うのかな、、



ちょっと前までは
すべての原因を言葉で分解して、
必死で自分の中で咀嚼して
わたしの中で理解しようとして
納得してて

そうやってわたしは行きてきたはずなのに
なんで違うんだろう
なんでここはこうじゃなかったんだろう

今までの考えを捨てるということが
今まで生きてきた20年間を手放すことになるという気がして
うまくシフトチェンジできない

しなくてもいいのかな
客観的にはした方がいいと思うけど



なんだかなぁ

もししれたとして、でもそれはほんの一部で
それ自体があやふやで
すごくこわい
でもそれはそれ自体がこわいんじゃなくて、一部分を知ったとしても、それが全部じゃなくて
それすらも何かの一部分で、すべてを知ることができないということがこわいのかもしれない


勉強でもなんでも
全てを知ることはできなくて、
ちょっとずつ繰り返したらいつのまにか覚えててなんだか体に染み付いたみたいに
わたしの一部になってて
でもいつのまにか忘れちゃっててわたしの一部からこぼれ落ちてる(たとえ知らないところでおぼえていたとしても)
そのことがこわい


だからわたしはあんまり歴史とか得意じゃなかったのかなあ
いやそれは別だわ
ま、それはつぎの記事で。

過去を振り返るということ

過去を振り返るということはとても大切だと思っています

 

ですが、過去の中にマイナスの感情が入っていて、それを思い出すことによって増幅する、またはその感情を表層に出てくるというのはあると思います。

 

私の前の嫌な記憶があるので吐き出しておこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろが気になりすぎて、私はずっと後ろが気になっていたの。なんでだろと言われても何も言えない。

まだここに書く勇気がないのかもしれない。

 

 

とりあえず今日はここまで。

 

 

それで

過去からの増幅と引っ張り出すということに関して自分でも自覚していない範囲で

自分自身に影響を与えていると思っていて、

そこらへんが私は大変気になっています。

 

 

 

今日のスポーツ

 

 

わたしある運動をやっておりまして

 

はじめてスポーツっていうものを継続的に続けてて、

なんだか自分の変化とかってすごく面白いなぁと思うし、

なんだかんだそのスポーツは嫌いだけど好き。好きだけど嫌い。みたいな感じで、結局は

スポーツってすごいな。って行き着くから

ちょこちょこスポーツについても

書いてこうかなーっと

思っております

 

 

数ヶ月間テストがあって、やってなくて、

久しぶりにやってから

4回目くらい。

 

1回目は全く出来なくて、そもそもどうやって振るんだっけという感じ

2回目はちょっと覚えてるけど、まだぜんぜん余裕なさすぎて、ぶれぶれ

3回目はまだ思い出しきれてないし、体ついてかないけど、意識することとどうすれば良いかの輪郭が見えて来た

4回目はあああんなに嫌いだった数日前(1回目の時)の自分がうそのようだなぁ。そうそうこの感覚。やっぱり動き好きだなぁ。まだ基本的なとこも気になるところあるけど、体がきびきび動くようになった。

↑今ここ

 

 

心の動きが面白い🤣

 

 

でもこの後落ちていく(なぜか私はそうなる)のがちょっとこわい。出来なくなっちゃうんじゃないかってちょっとびくびくしてる笑笑

 

必ずしもそうじゃないし、動きのきびきび感とかタイミングからの勢いがまだまだ

 

こんなになったのに後輩より上手くならなきゃとかも思っちゃうし。

 

 

むむむずかしいですなー(結局わたしはいつもここで終わる)

 

 

そんな感じですなー

 

 

 

知るということ

 

一つ前の記事に続き。。

今度は自分について。自慢できるような中高ではないので。とてもコンプレックスになってます正直

 

 

私は中高の時『知る』ということをとても恐れていました。

それは一冊の本の影響です。他にも色々あるけど。

「考えない練習 小池龍之介

考えない、むしろ、受け取った情報を受け取ったままの状態に受け入れることによって、イライラとかから逃れるっていう本です。かなりざっくりです。好きなところもあるんだけどねこの考え方。

例えば、嫌な言葉を言われた時に、その言葉を音波として耳に当たっただけと思うことによって、ダメージを少なくして、自分自身に悪い影響が起こらないようにするやり方です。

これに固執してて、新たな知識を受け入れることによって、自分自身のチカラで物事を見れなくなるのが怖くて、勉強したくなかったし、頭に知識を残したくなかった。

今でも少しこの影響は残ってて、中高にもっと色々貪欲になればよかったと思ってる。

今からでも遅くないよ、って言われる(誰も言ってない)と思う(自分で思うだけ)

んだけど

後悔はなくならなくてすごく悔やんでる。

 

 

闇雲に悩んだりしてるのはこの時にしっかり知識と経験積まなかったからかな。とか。

その時はちゃんと自分で選んで勉強しないように知識入れないようにしてたんだけどね。歪んでたな。色々。

 

 

ふーーーーーー

 

中高の勉強

 

いらないと思う知識をたくさん持っているということは

生きる上でとても大切だと思うのです。

 

高校の数学は生きる上で必要ないじゃないか?っていう人もいると思います。

だけど一個の問題にこだわらず、教科の勉強ができる、解き方がわかる、ということは

頭の賢さにつながると思います。

一つの物事を多角的に見る視点だったり

じっくり方法を組み立てることだったり

できるまで繰り返すことだったり

処理スピードの速さだったり。

 

学校で教えられる知識を覚えるということは生きる上で必要じゃないんじゃないか?という人もいると思います。

だけど、絶対に生きやすくなると個人的には思います。

必要もないと思っていた知識がある時になって、必要なものとなって浮かび上がってきたり、

一つの物事についての情報が増えるから多角的視点につながる(例えば、目の前にあるグラスだって、知識があるから、形、素材、性質を認識できる)

頭の回転の速さだったり、

そもそもの覚えたり思い出したりのスピードが上がったり、

何かを選ぶときの参考資料、判断基準になったり、(これ生きやすさにつながるんじゃないかな?)

といいことばかりだと今思います。

 

 

それに、成績による比較として

有名大学と呼ばれるところに行った人と、

あまり偏差値のたかくない大学に行った人を比べると、

努力できるかできないかに差が出ると思います。(もちろん個人差はあります)一概には判断できませんが。

 

 

ま、そんなことを思いました。就活を考える知り合いとかね、自分とかを見てね。自慢できるようなものじゃありませんが。